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魔女ドーラの孫(仮)
魔女ドーラの孫(仮)
Author: エチカ

モリガン区 Ⅰ

Author: エチカ
last update publish date: 2026-04-01 06:45:07

 ベルの花が鳴く頃、モリガン区の雪も少し解け始める。

 雪原から顔を出した青白いベルの花は、リンリンと鳴いて春を告げるのだ。

 そんな北の果てに不穏な噂が流れていた。

「王都じゃ余計に死人が出たってさ」

「ここじゃ当たり前だが、去年は寒かったからねぇ」

「何でも王都じゃ病で死んだ者は、教会で死体を燃やすんだと」

「罪も犯してないのに病で苦しんだ挙句、体を焼かれるなんて酷い話じゃないか」

「王様も教会には強く言えないんだろうさ」

「サンノ国から来られた王妃様は、まだご懐妊されねぇのかねぇ」

「そりゃ、あんた、王妃様はまだ子供だろ?」

「いやでも、王妃様はΩなんだろ?」

「そんなもんかい? Ωなんて希少すぎて……ねぇ? オルタナ」

 祖母が残した店で、暇を持て余した主婦たちがオルタナへと視線を寄こした。

「……さぁ? 十二ならまだかもね」

「じゃあ、一体いつ発情するんだい?」

「まぁ……個人差あるらしいけど、もうすぐじゃない?」

「じゃあ、何であんた発情しないんだい? もう十八だろ?」

「……僕が知りたいよ」

 オルタナはカウンターの中から、そう呟いた。

 下世話な話も、主婦に掛かれば日常会話だ。

「何だって? でもじゃあ、お世継ぎが出来るのはもっと先だね」

 去年、サンノ国から嫁いで王妃となられたラチア妃は、若干十一歳でレイモンド王の正妃となられた。

 二十も年の離れた幼い姫だが、運命の番として迎え入れられたのだ。

 御輿入れの際には、王都は昼も夜もない程の大騒ぎだったとか。

 雪深いこの地でも、ご成婚でお祭り騒ぎだったのはちょうど一年程前だ。

 元は国だった程広いこのモリガン区では、一年の殆どが雪に覆われている。

 過酷な環境の上、折り合いの悪い隣国との国境がある。

 その為、軍の大きな要塞があり、モリガン国防軍が日夜国境を防衛している。

「ところで、おばちゃんら、今日は何か入用?」

「あ、そうそう。旦那の腰痛が酷くてねぇ。何かないかい?」

「私は孫の寝つきが悪くて。かんの虫が酷いのよ」

「じゃあ、コレと……コレかな」

 オルタナは小瓶に入ったスパイスと、シロップを差し出した。

「助かるよ、オルタナ。薬は高くて買えないし、あんたの···はよく効くからね」

「胡椒は小匙程度。シロップは二滴で十分だから」

「ありがとう。これで今晩は嫁もゆっくり眠れるだろうさ」

「ホント。王様が薬師を増やすって話は、一体どうなっちまったのかね」

「王様は若くて可愛いお姫様に夢中なんじゃないのかい」

「なのにお世継ぎが出来ないんじゃ、話になんないわね。はははっ」

 忙しなく姦しい主婦達は、そう言って店を出る。

 彼女達の辞書に“不敬罪”と言う文字はない。

「まいど……」

 オルタナは煩いおばちゃん連中の背中を見ながら、ふっと溜息をついた。

 Ωでありながら未だ発情した事のない特異な体質。

 稀少なΩに生まれたのに妊娠する可能性がないと言う無価値な物だ。

 発情しない分生活はしやすいし、高い抑制剤を必要としない。

 βと変わらない自身の体を疎ましく思った事は無い。

 ただΩなのに――と周りから揶揄される事が疎ましい。

 こんな事ならβとして生まれて来た方が、何倍も楽だっただろう。

 Ωは容姿が女性っぽく、体つきも華奢になりやすい。

 ちゃんと発情するΩは、繰り返す発情期と抑制剤の過剰摂取で短命な者も多いと聞く。

 銀糸の髪に雪の様に白い肌を持ったオルタナは、近所の子供達からですら“出来損ないΩ”とバカにされている程だ。

 だけどそれを気にした所で、発情するわけでもない。

 発情したらしたで、身の危険が増えるのは当然の上、生活も今以上に苦しくなる。

 祖母が残した香辛料の専門店で慎ましやかに暮らして行けるなら、発情なんて来なくて良い。

 オルタナは常々そう自分に言い聞かせていた。

 馬の蹄の音がした。

 オルタナは、首を傾げる。

 雪が解けたとは言え、この辺りでは足の太い赤鹿が主流で、馬に乗る人なんていない。

 心なしか店の前が騒がしい気もして、嫌な予感が過る。

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